2016年06月12日

中央公論新社「業績復調の背景と上昇戦略」(『新文化』16/6/9号)

 2年連続の赤字に苦しんでいた中央公論新社が、2016年3月決算で増収増益に転じたとの記事が『新文化』16/6/9号の一面を飾った。

 社屋移転、倉庫の統合などの対策は目新しさを感じないが、記事を読む限り、復調の背景は社内の意識改革にあるように感じられた。それは大橋義光社長の言葉からうかがえる。

 販売好調であった3つの要因として、1つ目に「作品力」を挙げては「作家の先生の力」と述べ、2つ目は「書店・取次の支援」のおかげと謙虚な大橋社長。でも私は1つ目も2つ目も、3つ目に挙げている「社員の知恵と工夫、頑張り」が実を結んだのだと思う。

 出版業界の中からは、不況の原因を他者に押し付けるかのような声も聞こえる。本を読まない読者や若者が悪い、読書振興策を強化しない政府が悪いといった論調やamazonに対する規制を求める声などだ。

他力本願の前に自らがやるべきことがあるだろう!? 

駄本を読まされ続けた一人の読者として叫びたい。ただ救いなのは、2年連続赤字という痛みを乗り越えて、自ら律して謙虚に取り組み、意識改革を図っている中央公論新社のような本の作り手がいること。私が今回の『新文化』の記事で着目したのは次の2点だ。

── 年度末の"駆け込み出版"も中止されたと伺いました。

「いろんな統計がありますが、どうも3月期の出版点数は業界全体として多すぎるようです。しかも3月期は決算があり、新年度前。読者の立場に立つと異動や転居もあって、忙しくてお金のない時期で、ゆっくり本を読む環境にはない。加えて教科書や参考書を扱う書店はその準備で忙しい。そう考えると、むしろ刊行点数は少なくすべきと思いました」

(大橋社長コメント)

 いたってフツーの思考なのだけれど、このような冷静な分析とコメントを出版業界の人がしているのは初めて聞いた気がする。私は個人的に 編集者がロングセラーを生み出すことを高く評価し、結果的に新刊点数を減らしつつも売上を伸ばす取り組み を行っているダイヤモンド社の姿勢が気に入っているのだが、中央公論新社含め、このような改革に取り組む出版社が増えて欲しいものである。

 着目点の2つ目は、中央公論新社が「いい本とは何か」を問い直す姿勢があることだ。大橋社長はこう述べる。

 いま、「いい本とは何か」を改めて問う必要を感じています。実はこの4月、企画力アップの方策について社員からアイデアを募集したところ若手社員を中心に50〜60件も集まりました。

「売れないのは読者がついてこないから」

というのは言い訳に過ぎません。しかし読者が求めるものだけを作っていても、新たな気づきや感動を呼び起こす本は提供できない。

 では、そのために私たちは何をすべきか。当社はまじめで堅く柔軟性がないといわれることがありますが、組織のあり方や人材育成まで含めて考え直していきたい。社員から集まったアイデアかは宝の山です。これから一つひとつ磨いて光るものにしていきたいと思っています。

(大橋社長コメント)

 このコメントを読んで、『文化通信』取締役編集長の星野渉氏の言葉を思い出す。

「出版業界は、ややもすると『読書離れ』などといって、『読まない者が悪い』といった切り捨て方をするが、『読まれない物が悪い』と考えて、出版物に新たな価値を付加するような業界としてのアプローチも必要ではないか」 (『文化通信』 2012/9/10号「出版時評」より)

 そう、向けるべき矛先は・・・ 読者でもなければ、政府でもなく、amazonでもない! 自らに向けよ! 読者の一人としてこう言いたい。可処分時間をスマホに奪われない、魅力的な本づくりをして欲しいものである(紙の本にこだわらずにね!)。

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2016年05月28日

「出版社にとって、もはや紙書籍と電子書籍を二項対立として考える時代は終わった」(『新文化』2016/5/19)

 「紙と電子を融合した出版事業を」 というタイトルの記事。『新文化』(2016/5/19付)の一面に掲載された (株)出版デジタル機構 の新名新社長の寄稿記事である。

 出版社(KADOKAWA)出身の新名氏はこう述べる。

 出版社にとって、もはや紙書籍と電子書籍を二項対立として考える時代は終わった。出版社が利益を最大化し、著者に還元し、将来も事業を継続するためには、可能な限り紙版と電子版の両方を刊行すべきだと考える。

 このような主張や提言がもっと出版業界に浸透すればいいのに・・・ と思う。基本的にすべての書籍で電子版をほぼ同時に発売している、ダイヤモンド社の書籍編集局長・今泉憲志氏の

「読者の便を考え、基本的にはすべての書籍で電子版をほぼ同時に発売しています。編集者には紙と電子を含む出版契約書を早めに交わすよう指示しています」

(鳴海の関連記事は こちら )

の言葉は控えめだが、新名氏も次のように述べている。

 出版社はこれまでの本造りと同様、作品の特性や想定する読者に応じて紙版と電子版の出版形態を検討し、同時に刊行するのか、どちらか一方を先行するのか、順番も自由に検討すればよい。

 ただし、権利処理とデータファイルの制作は、紙版と電子版を同時に行うことがコストの観点から最も望ましい。また、アメリカの出版社のように紙書籍と電子書籍を一体化した原価計算、売上管理も考えるべきだ。

 読者としては、紙版を先行されてはガッカリ、ダイヤモンド社のように「読者の便を考えて」、電子版も同時に刊行して欲しいものだ。

 残念ながら、新名氏のコメントで気になったのは

「日本人読者の紙書籍への強い愛着」

「あるアンケートによると、書籍を読むのに最適の手段として紙書籍をあげた日本人は74%にも上ったそうだ。これはアメリカ人の51%やイタリア人の54%よりもはるかに高い数字である」

といったコメント。

 ここで言う「日本人読者」というのは、紙の本だけを読んでいる、電子書籍を読んだことのない読者のことを指しているのではないか? と疑念を抱く。私の印象としては、電子書籍を読んだ経験のある読者は(私自身も含めて)、手軽に多くの本を持ち運べて、安価で購入できる電子書籍の方を望んでおり、それでも紙書籍を選択する読者の方が少数派ではないかと考えているからだ。

 「書籍を読むのに最適の手段として紙書籍をあげた日本人は74%」

という結果が出たアンケートの調査対象はどのような人なのか? どちらが書籍を読むのに適しているか? という質問をするならば、全員が電子書籍を読んだことのある読者を対象にしなければ、適切な調査結果は得られないはず・・・ 調査対象を無作為に選んだアンケートだとしても、電子書籍を読んだことのある経験者の比率がアメリカ、イタリアと比べてどうなのか? この観点で考察されていない限り、このアンケート結果を持ち出しても説得力に欠ける。

とは言え

「出版社にとって、もはや紙書籍と電子書籍を二項対立として考える時代は終わった」

という出版デジタル機構・新名氏の出張、そしてダイヤモンド社・今泉氏の

「読者の便を考え、基本的にはすべての書籍で電子版をほぼ同時に発売」

という取り組みは、読者にとって大変有り難いことである。なぜなら、紙書籍は読者に【3重のコスト】を強いているから・・・ 本の作り手の方々にはこれを重々認識いただきたい。

(鳴海の関連記事)
 本作りに携わる人たちに知って欲しい読者が支払う 【3重のコスト】 

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posted by 鳴海寿俊 at 21:48| Comment(0) | 出版社・著者(作り手) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月08日

『君の膵臓をたべたい』 無名新人による文芸作品を売り込んだ双葉社の取り組み

4575239054君の膵臓をたべたい
住野 よる
双葉社 2015-06-17

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 本屋大賞2016 の堂々第2位のこの作品。私はそれほど話題になる前の発売間もない頃、啓文堂書店のリコメンドに惹かれて読んだ。amazonのカスタマーレビューでは辛口のコメントも多々あるけれども、私は何度も読みたい本に初めて出会えたと思うくらい、純粋に感動し、まだ読んでいない人には自信を持ってオススメしたい気持ちだ。

 まずタイトルのインパクト。「ホラーかよ」と未読の方は思うかもしれない・・・ 私も正直そう思った。でも何気に啓文堂書店の新刊リコメンドは個人的に評価が高く、ホラー嫌いにも関わらず、怖いものみたさも半分あり、購入してみたのだった。

 タイトルにもなっている「君の膵臓をたべたい」というこのセリフ。取ってつけたタイトル名ではなく、ストーリーの中で語られている必然のメッセージに胸が痛む。

 ではこのベストセラーがどのように生み出されたのか、そのエピソードが 16/5/1付の『文化通信』 で紹介されている。「事前プロモーション事例 双葉社『君の膵臓がたべたい』」 の記事をかいつまんで紹介しよう。

 初版は3万部の同書。無名の新人にしては勇気のある攻めの部数に感じる。

 発行元の双葉社の営業部には、編集者が自由にゲラを入れられる箱があるそう。同作品はもともと、小説投稿サイト 「小説家になろう」 の投稿作品で、ランキング上位ではなかったものの、双葉社の編集者の目に留まり、同社営業部に提案されたことが世に出るきっかけだったという。それがいまや、34刷54万部のベストセラーに成長したのだから驚きである。

 双葉社の作品力を評価し、無名の新人ながらも、思いを込めて事前プロモーションを張り、本屋大賞第2位にまで導いた、先見の明とチャレンジングな姿勢に非常に好感を持っている。

 投げ込まれたゲラを年末年始に全員で読んだ営業部は、文芸の重点作品として「膵臓プロジェクト」を立ち上げ、3月に大阪と東京で10人ほどの書店人と同社営業部員、担当編集者によるプロジェクト会議を開催、タイトル、装丁、売り方などの意見を交わした。

「読者」に伝える異例の事前プロモーション

 無名の新人による文芸作品という、普通に考えれば売れるはずのない作品の刊行に向け、同社は文芸作品としては異例の規模で事前プロモーションに取り組んだ。それまでも重点作品はプロジェクトを立ち上げ、プロモーションに力を入れてきた同社だが、

「書店へのプロモーションから一歩踏み込んで、発売日までに読者にどれだけ伝えられるのかをテーマに取り組んだ」

と第二営業部・白石俊貴氏は述べる。

※ 16/5/1付の『文化通信』より

 こうした取り組みが功を奏して、「当初は5000部出せれば」と考えていた初版は異例の3万部となったという。

 私の昨今の出版社に対するイメージは

知名度の高い著者に頼み込んで二番煎じ本を書かせている

といった印象を抱いていただけに、この双葉社の取り組み事例は非常に嬉しい。知名度問わず、良い作品は世に出てしかるべきなのだから、このご時世でリスクは伴うかも知れないが、作り手である出版社にはチャレンジしていって欲しいと読者としては強く願う。

 ちなみに、著者の住野よる氏の2作目の刊行タイミングも絶妙である。

 昨年秋には書き上げられていたという2作目『また、同じ夢を見ていた』は、「作品に自信があったので、最良の刊行タイミングを考えていた」(双葉社・森田剛副部長)という同社の作戦により、本屋大賞2016での『君の膵臓をたべたい』との同時ノミネートを避けつつも、ノミネートが決まったら一緒に2作目も店頭に展開してもらうため、ノミネート発表(1月20日)の後、2月16日取次搬入で発売し、併売を狙ったという。初速としては好調のようで何だか嬉しい。

 こうした出版社の取り組み記事を見ると、1作目の完成度(住野よる氏)に対する期待度とは別に、発行元の双葉社の思い入れという観点からも、2作目を読みたくなる! 即kindle版で購入した! 折を見て2作目の紹介もしていきたい。

4575239054君の膵臓をたべたい
住野 よる
双葉社 2015-06-17

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4575239453また、同じ夢を見ていた
住野 よる
双葉社 2016-02-17

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posted by 鳴海寿俊 at 00:09| Comment(0) | 出版社・著者(作り手) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする